
待降節の旅路を続ける中で、待ち望む季節であるこの時、第三の待降節のろうそくは喜びを表します。これは羊飼いのろうそくとして知られ、イエスの誕生に羊飼いたちが感じた喜びを象徴しています。
ルカによる福音書で、天使たちがまず羊飼いたちにイエスの誕生を告げたことは周知の通りです。耳を傾け注意深く考えれば、この事実は雄弁に語っています。すなわち、イエスはまず貧しい人々、軽蔑され、見過ごされ、抑圧されていた者たちに自らを現されたのです。今日、このことは神が貧困やホームレス状態、抑圧、暴力に苦しむ人々、移民など、様々な困難に直面する人々と共にいることを示しています。
ラビ・アブラハム・ヘシェルは、預言者の役割は干渉すること、一見自分たちの関心や責任の範囲外と思われる事柄に首を突っ込むこと、そして他の人々に貧しい者や弱い立場の者の擁護者となるよう招くことだったと記している(p 261)。彼らは単に不正を犯さないようにするだけでなく、それを追求すべきだった(p 264)。預言者はまた、人々を契約へと招き戻し、神と愛する隣人との正しい関係に立つよう促すものであった。その基盤は愛であった。なぜなら彼らは、神の被造物に対する神の愛と憐れみの自覚に酔いしれていたからである。旧約聖書の預言者たちの招きを思い起こすとき、私たちの賜物を通して、神が私たちに「意識的に預言者となる勇気」を求めておられることを心に留めよう。
私たちの社会と世界に存在する混乱は、人々の生活を混乱させ、絶望と恐怖へと導き、隣人や被造物をさらに周縁化し抑圧するために、人間によって意図的に作り出されている。したがって、私たちはこの社会的・構造的な罪を解体することができる。グレゴリー・ボイル神父が言うように、私たちは「仕組みを覆す」必要がある。ここに、神が私たちのために思い描く世界、すなわち誰もが繁栄できる世界を想像するための、ほんのわずかな提案を記す。
ですから、神のように苦しむ者や抑圧された者の叫びに耳を傾け、私たちの社会や世界における不正を名指しで指摘し、正義のために働き続け、羊飼いたちにイエスの誕生を告げた天使たちのように、希望と喜びの使徒となりましょう。