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待降節第2週:約束への信仰

 Mary M. McGlone, CSJ

Graphic of an Advent wreath with the first two candles lit.

高校を卒業したとき、父は私に夏の間はオフィスで仕事をして経験を積んで欲しいと考えていたようです。しかし私は、カトリック慈善団体が主催するキャンプでカウンセラーとしての仕事を見つけました。キャンプに参加していたのは、9〜11 歳と 12〜14 歳の女の子たちで、そのほとんどが市内の孤児院から参加していました。

キャンプは標高 7,000 フィートを少し超える場所にあり、そこからは海抜 11,420 フィートの「ツインピークス」と呼ばれる二つの山を見上げることができました。キャンプの初めのうちに、私たちはキャンプの最終日に行うツインピークス登山に備えて、女の子たちの体力づくりを始めました。実は、この登山は「難易度・高」と正式に分類され、距離が長く、高低差が大きく、標識のない道なのですが、幸いに私たちはそのことを知らされていませんでした。そんなに難しい登山とは露知らず、私たちはお弁当を持って、幼いキャンパーたちを引き連れ登り始めました。子供たちも含め、ほとんどの人たちがが頂上にたどり着くことができ、そして無事に下山することができました。一人のカウンセラーだけが、途中で力尽きた子どもたちと一緒に後方に残りました。

2025年12月7日

  • イザヤ書 11 章 1〜10 節
  • 詩編 72 章 1〜2 節、7〜8 節、12〜13 節、17 節
  • ローマの信徒への手紙 15 章 4〜9 節
  • マタイによる福音書 3 章 1〜12 節

登り始めたときは、ツインピークスの全景がはっきりと見えていました。しかし、30分ほど登ると傾斜のせいで高い山々が見えなくなってしまいました。登りがきつくなるにつれて、たとえ目には見えなくても、目的地は絶対にそこにあるということを自分たちに言い聞かせながら登り続けました。もしそれを信じていなければ、私たちはきっと途中であきらめていたことでしょう。

パウロが「それは聖書の与える忍耐と慰めによって、望みをいだかせるためである」と言っている箇所を読んだとき、私はあの登山のことを思い出しました。これは、救い主が人々の中から「芽が出」、そして「その上に主の霊がとどまる」とイザヤが約束したことと重なります。イザヤは、やがて来る方が全被造物に正義と平和をもたらし、「大地が神を知る知識で満たされる」と約束しました。それが目に見えない夢なのです!

今週の日曜日は、ワイルドな洗礼者聖ヨハネが登場し、いつものように率直なメッセージ「悔い改めよ!」と告げます。彼は、新しい心のあり方を受け入れるよう人々に呼びかけているのです。聖ヨハネは、イザヤが語った「芽」のような方がやがて来られること、そして誰もがその方を見分けられるよう備えなければならないことを説きました。聖ヨハネはその備えを「メタノイア(悔い改め)」と呼びました。メタノイアとは、「ごめんなさい」と言ったり、告解をすることとはかなり違います。メタノイアとはもっと厳しく、深い意味を持つものなのです。

聖ヨハネは、メシアのために道を整えようとしていました。そのために彼が求めたのは、礼拝でも祈りでも断食でもありません。むしろ、そうした形式的な宗教行為を避けていたとも言えるでしょう。聖ヨハネは厳しく率直にいいました。「悔い改めにふさわしい実を結べ!『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる!」

聖ヨハネは、イザヤの約束を完全に信じる心のあり方、すなわち、神の未来がすでにここにあるという確信から行動する「メタノイアの視点」を呼びかけたのです。そのような人は、神の国が今まさに現れつつあることを見、 人類とすべての被造物が、神によって創造された本来の姿へと向かっていることを感じ取っているのです。この心のあり方は、理想的な過去を振り返るのではなく、神学者ジョン・ホートが「前例のない、地球規模の、有機的に結ばれた、より充実した存在の状態」と呼ぶ未来を見つめているのです。1それは、パウロがより簡潔に、「神の子たちの栄光に輝くために、被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっている」と表現したあり方なのです(ローマの信徒への手紙 8 章 18〜28 節)。

聖ヨハネは、主の御降誕に私たちを備えさせるための、まさに理想的なメッセンジャーです。彼は、神と被造物への情熱があまりにも強く、それはまさに聖霊の火としか言い表せないほどの、やがて来られるこの方のために私たちの心を整えようとしているのです。聖ヨハネは、「時は満ちた、今こそその時だ」と告げます。彼は私たちを「メタノイアの信仰」へと招き、神の国はすでに近づいており、私たちが新しい目で見たときのみ、聖霊が私たちの間で働いておられるのを見分けることができるのだと語っています。

この待降節第 2 主日は、私たちすべてに聖ヨハネ流のメタノイアの生き方を呼びかけています。この預言的な招きが聖霊から来ているものであるため、私たちはそれが可能であると信じることができます。聖ヨハネは、モーセが教えたことを繰り返しています。それは、神の国は遠く天や海の向こうにあるのではありません。「あなたに、はなはだ近くあって、あなたの口にあり、またあなたの心にあるから、あなたはこれを行うことができる。」(申命記 30 章 12〜14 節)時は満ちています。今こそ道をまっすぐにし、キリストが生きておられ、聖霊が私たちの間で働いていることを思い出す時です。

この分断された世界において、私たちは皆、長い登り坂を歩んでいるのです。体力が尽きた者たちを見捨てることなく大切にしながら、残りの者たちは前進し続けましょう。必要なのは、たとえ今は見えなくとも、夢に向かって道を進んでいるという確信だけです。信じさえすれば、私たちは歩み続けることができます。

振り返りのための質問

  1. 今週の聖書朗読またはリフレクションの中で、あなたが心を動かされたことは何ですか? 
  2. あなたにとって難しい、あるいは挑戦的だと感じた点は何でしたか?
  3. 今週の呼びかけに応えるために、個人的に、または共に、今週そして長期的な将来に向けて、どのような具体的な行動を取ることができると思いますか? 

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The Sisters of St. Joseph of Carondelet are a congregation of Catholic sisters. We, and those who share our charism and mission, are motivated in all things by our profound love of God and our dear neighbors. We seek to build communities and bridge divides between people. Since our first sisters gathered in 1650, our members have been called to “do all things of which women are capable.” The first sisters of our congregation arrived in St. Louis, Missouri in 1836, and we now have additional locations in St. Paul, Albany, Los Angeles, Hawaii, Japan and Peru. Today, we commit to respond boldly to injustice and dare to be prophetic.

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