私が小学生の頃、宗教の授業のために、司祭が毎週各教室に来られました。児童たちは 司祭のために何か質問を準備することになっていました。小学8年生の時、男子生徒が 手を挙げ、「神父様、司祭や修道女になるために、もっと学校に行かなければなりませんか。」と尋ねました。マカレン神父は「司祭になるために7年間勉強しなければなりません。」と真面目に応えました。それから教師1年目の先生に目を向け、「シスタードナ・ロレッタ、シスター達はどのくらい勉強する必要がありますか」と尋ねました。「神父様、シスター達は勉強することを決して止めません」と即 答えました。司祭は、教室内の女生徒と同じくらいその答えを聞いて喜びました。
この話は、黒人歴史月間として祝う2月を米国の伝統について考える良い取り組みだと思います。2019年米国の司教たちは、 「心を大きく開いてください。: 愛の永続的な 呼びかけ ― 人種差別に反対する書簡」を発表しました。ここ数年、私達はグループや個人による人種差別に立ち向かう心的表現を見たことを指摘しました。農民の両親から生まれ、教師で労働組合の主催者であるペドロ・カスティージョ・テローネス大統領の批判が人種差別と政治的意見の不一致に強く悩まされているペルーでも明らかです。 悲しいことに、人類の最大、しかも継続的な最も自滅的な弱点の1つは、自民族中心 主義であり、私たちの道が正しい方法であるという仮定です。
私の小学校での経験は、文化の先生が私達の衣服や食事や寝る時のことから脳外科手術の勉強や施術に至るまで、すべての方法を教えてくれたことを思い出させました。開発の第一段階は、人々が正しい方法として理解していることをまず学びます。問題は、 私達で、7年間 (聖書による時間の長さ) は、課せられた仕事を完了するのに十分であると考えていることです。象徴的な7年間で、自分たち部族のやり方、言語、歴史、習慣 などを学ぶことができます。過去において7年間は、大抵十分でした。
今、人類の一部が宇宙の視点から私たちの小さな惑星を見た時に、1つのウイルスが数百万人に感染した時に、そして、世界中でズームができる時に、私たちは特別な部族ではなく、分散した多様なグローバルファミリーであることを認識しています。 人種差別と自民族中心主義を解体する唯一の方法は、神が創造された惑星に豊かな生命を引き込んだお互いを学び合い、異なる文化や多様な背景を持つ人々を知り、文化、 言語、知識を理解することです。
神は米国、日本、ペルー、チリにおける私たちの存在と歴史を通して、修道会としての私たちに賜物とミッションを与えてくださったようです。私達の姉妹、ACOF、そして友人たちが2月を共に祝い、キリストのからだの豊かな多様性を学び楽しむとしたら、どうでしょうか。あなたは学び続けるために、どのような具体的な行動を取りますか。