

Laudato Si’ Action Planを通じた地球へのコミットメントの一環として、私たちのカリスマ性を共有するすべての人に、毎月のエコ・チャレンジに参加するよう呼びかけています。
1970年代、子供の頃、地元の商店では商品を入れるのに紙袋を使っていた。ある時、「このまま紙袋を使っていると、東南アジアの森林が切り尽くされて無くなってしまう!」というプロパガンダが始まり、あっという間に紙袋はプラスティック袋に置き換えられた。
そして50年たった今、「プラスチックは自然破壊につながるので、紙袋を使おう!」と言っている。東南アジアの森林の話をする人は、今や誰もいない。森林は私たちがプラスティック使うことによって守られたのだろうか? 思い返してみると、当時、プラスティック工業の量産体制も整い、大量に売り出したかったがために、あんなキャンペーンを打ったのでは?という疑念も浮かぶ。
現在、プラスチックは悪者のように扱われている。海に浮かぶ大量のプラスティックごみ、ごみに絡まれて苦しむ海亀……。しかし、プラスチックが悪者なのではなく、人間の使い方が悪いだけなのではないだろうか。プラスチックの登場当初から科学者たちは自然界で分解困難、燃やすと有害なガスを発散する、という事実に気づいていたはずだ。大量生産が優先され、リサイクル・廃棄という観点は蔑ろにされてきたため、地球上、いたるところで自然破壊、健康被害が深刻な状態になっている。
確かに人間の生活は変わった。硝子瓶からペットボトルに代わったからこそ、軽量化され、安全に長距離輸送することも可能になった。真空パックや冷凍保存ができるようになり食品の長期保存もできるようになった。今や、私たちの生活は多くの部分はプラスチックに支えられている。今こそ、プラスチックと共存していくことを真剣に考える時ではないだろうか。
今、手にしたこのプラスチックはこの後、どのような旅をして行くのだろうか。どうリサイクルされていくのだろうか。最後の最後まで、感謝して見守ってはどうだろう。有害物質を出さず分解できる素材の開発、現在あるプラスティック廃棄物を安全に処理できる方法の研究を応援していこう。
歴史は繰り返される。誰が得をしているのか?これは現代の科学技術との付き合い方、全般に言えることかもしれない。「何をどのように使い、廃棄するのか」自分の頭で考え、選択していくことが、本当にこれから私たち一人ひとりに問われている。
千鶴の考察を振り返りながら、それを行動につなげるきっかけにしてください。
- あなたは1日にどれくらいの使い捨てプラスチック製品を使っていますか? 1か月では? 1年では?
- 自分が消費するプラスチック製品に対して、どのように責任を持つことができるでしょうか?
- 生分解性や再利用可能な代替品のために、どの程度の費用や手間を負担する覚悟がありますか?
- 自分の環境意識の変化について、誰かと考えを共有する機会を積極的に見つけてみましょう。
山田ちづる姉妹、CSJ
山田ちづる姉妹は2018年に修道会に入会しました。東京農工大学で化学を学んだ後、千鶴は録音技師、化学研究者、カトリック通信講座の講師、そしてカトリック百科事典の編集者として働きました。日本の津市で他の姉妹たちと共に生活しながら、千鶴は現在、知的障害のある人々の生活支援員として働き、またカトリック津教会で教区活動にも携わっています。
